アニサキス、それは?

●「アニサキス」という言葉を耳にしたことのある人は多いだろう。「名は体を表す」という言葉がある。「名」は、その中身や性質を的確に表すことが多いということだ。アニサキス!それは、いかにも悪魔的な「名」のように思える。

●先日、地元のお気に入りの魚屋で仕入れたツバスの刺身を食べた。この時期ツバスは安価でたくさん市場に出回っている。生ものが苦手な妻は控えめに食べている。私はいっぱい、パクパクと食べた。その3時間後、溝落ちあたりが熱くなってきた。ベッドに横たわり、溝落ちのあたりを手で押さえ、次は何が起こるのかと、神経をお腹あたりに集中させた。すると、腹部全体がじんわりと痛み始め、これはまずいと思い出した。この時に思い当たることは何も浮かばない。

●激痛とまではいかないが、お腹が張り尋常ではないことは直ぐに分かった。まるで大波が規則正しく押し寄せるような痛みの感覚だ。グーっとお腹が押されるのだ。早朝には、ベッドからソファーに移り、この大波と格闘することになった。

●朝、地元の医者に行き、診察を受けた。こういう時には、内科・消化器科の専門医に診てもらった方がよいことはわかっていた。内臓器官に問題があるかもしれないということで、エコー検査を受けたが、そこには原因らしいことは見いだせない。午後、急遽、胃カメラで確認することになった。

●「アニキサス君(?)、2、3センチ足らずの糸状の生物、あなたが私を苦しめていたのね」、診察台の横にあるモニターを通して私もすぐに確認できた。彼の周りには血が滲んでいる。「なーんだ、悪魔的でもないな」、それが素直な感覚だった。

●鼻腔からピンセットみたいな道具を入れたが、すぐには獲れない。モニターからは見えにくいところに潜んでいるのだ。クネクネと動き回る虫を、医師と私の共同作業で取り除くのに、5回程度チャレンジが必要だった。ほかにも胃に食いついている虫がいないかと、私も真剣にモニターを舐めるようにして見入った。あれは何かと医師にも問いを繰り返した。

●それから30分程度たつと、「あの苦しみは何だったのか」と振り返る。冷静さを取り戻し、薬剤漬けにされた虫の写真を撮り、自宅に戻った。妻に最初に投げかけた問いは、「お腹は大丈夫か?」、「私は何もないよ。パクパクと食べなかったからね」。何事も冷静であることが必要なことを学んだ一日だった。

●その後、事態を知らせておいた水産に詳しい知人からメールが届いた。
「ツバスはアジ科のブリの幼魚ですから青物です。アニサキスは食物連鎖のオキアミからスタートする寄生虫で、人間の体内では環境が悪く、苦し紛れに胃壁を食い破るなどして激しく痛みが発生します。白身魚からの感染例はあまりなく、-20℃以下の冷凍で死滅しますから、自宅の釣魚専用冷凍庫は-60℃です。アニサキスは視認できますから刺身に加工されていれば処理されていますし、自宅でさばいても気を付ければ処理できます。刺身は大切な料理の一つですからまたいつか付き合いを始めて下さい。お大事に。」

●この知人からのメールを読み、いろいろなことを考えた。「食物連鎖」、「処理」、「刺身を食べる文化」・・・。あの時は、しばらく刺身は見たくないと思っていただが、それは長くは続かないだろう。日本の食文化なのだから・・・。

(村瀬)