想像力を試される俳句づくり?

「大いなる 甍に並ぶ 秋筑波」

 

 

 

 

 

 

・この秋、茨城県つくば市で行われた長期研修に参加した。同じ研修班のメンバーで、俳句誌の同人でもあるK先生に勧められて作った。

・研修中、毎朝、研修所付近をジョギングした。研修所周辺には旧家が多く、平屋造りでそれぞれ立派な大屋根をもっている。お寺のそれと見間違えるほどの大屋根だ。その姿が好きで、毎日走りながら眺めていた。その時、いつも背景に見えていたのが筑波山だ。旧家の大屋根の向こうに見える秋の筑波山。その風景を俳句にし、研修最終日、K先生に見てもらった。

・先日、そのK先生から、研修中に参加者が作った俳句をまとめた「句集」を送っていただいた。他の先生方の俳句に交じって、私のこの句も載せてもらえた。K先生による句評がつけられている。一読して驚いた。私の意図を遥かに超えていた

・「筑波山麓はイサナギ・イサナミの二尊が君となって最初に住んだところ。古事記にはこのように記してある。「宮造り 葺き甍まで みな成りて・・・」国生みの神を祭るこの地の大らかな姿がひときわ豊かな情感を抱く秋の景の中に融合して、国誉めのごとき秀歌となった。」

・褒めてもらえているようで、それは素直にうれしい。しかし、私には、筑波山と古事記の由来など思いもよらなかった。この格調高い句評を読んで初めて、そんな由来があったのか、と知ったくらいである。しかし、K先生は、この17文字の言葉から想像力を働かせ、古事記の世界と絡めて見事に解釈して見せてくれた。改めてこの句を読むと、何か時空を超えた神々しさすら感じるようになってしまった。すでに単なる風景ではない。

・詩的想像力を働かせ、句の世界を広げて、深みをもたせる。これぞ句評の妙なのだろう。おかげで、俳句も楽しいかもしれないと思うようになった。K先生に感謝である。

「日当たりて ゆるやかに往く 秋の山車(やま)」

・ちょっとその気になって、蒲郡であった三谷祭りの山車巡行を見ながら作った。
「これもいいかも?」と思い、わが女房殿に見せてみた。
ところが彼女は、私の顔と見比べて「なぜ突然俳句なの?」と怪訝そうな顔をするばかり。
どうも私の詩的世界を味わう想像力を持ち合わせていないようだ。

・やはり私の俳句の良さは、K先生でないとわからない。
そう信じることにした。

(本多)